ヴィクトリアン・ホテルは、いわゆる叙述トリックのミステリー作品です。人が殺されたり、気分が悪くなるような犯罪が行われる事はなく、人の善意と悪意を軸とした、登場人物の心境変化・行動理由を楽しむことができる本になっています。
僕は叙述トリックという前提知識はなく「ラスト〇ページに驚愕する」みたいな宣伝文句だけを見て読み始めましたが、途中で違和感を覚えることができましたので、おそらく気づきやすい部類の本なのかなと思います。
今回は、そんなヴィクトリアン・ホテルのあらすじや感想をご紹介していきます。
ヴィクトリアン・ホテルのあらすじと基本情報
まずは、ヴィクトリアン・ホテルの基本情報やあらすじ、ネタバレ有のあらすじをご紹介していきます。
・ヴィクトリアン・ホテルの基本情報
・あらすじ
・ネタバレと時系列
ヴィクトリアン・ホテルの基本情報
ヴィクトリアン・ホテルは2021年に出版され、著者は下村敦史さんです。
Amazonの商品紹介ページでは次のように紹介されています。
事件、誘惑、秘密の関係……すべてを見ているのは、このホテルだけ。
張り巡らされた伏線、交錯する善意と悪意に一気読み&二度読み必至!伝統ある超高級ホテル「ヴィクトリアン・ホテル」は明日、その歴史にいったん幕を下ろす。ホテルを訪れた宿泊客それぞれの運命の行方は――?
『闇に香る嘘』『黙過』『同姓同名』など、話題作を次々発表する社会派ミステリの旗手がエンターテインメントを極めた、感動の長編ホテルミステリー! !
あらすじ
長い歴史を誇り超高級ホテルであるヴィクトリアン・ホテルが、改築を行うことになりました。現在の姿を拝めるラストチャンスということもあり、ホテルに思い入れるのあるさまざまな人が最後の一夜を過ごすために集まります。
本作では、女優・スリ・新人作家・宣伝マン・夫婦で訪れている妻の5人の視点で、最後の営業日を迎えるヴィクトリアン・ホテルの一夜が描かれます。
最後の夜に宿泊すること以外は接点のないように思えた5人ですが偶然や必然が重なり、それぞれの物語が交差していきます。
叙述トリックらしい違和感を楽しみにながら、ラストの種明かしに向かって読み進めていくことができます。
ネタバレと時系列
ここから先はネタバレを含めたあらすじになりますので、ご注意ください。
結論
この作品の肝は「一夜」の時系列がバラバラになっていることにあります。
ヴィクトリアン・ホテルが改築することや最後の一夜に5人が宿泊することは間違いないのですが、5人の視点で物語が進むときにヴィクトリアン・ホテルに思い入れができた日の夜に時間軸がズレるようになっています。
人気女優でありながら役や表現に悩む佐倉優美は、同姓同名で大女優である母の佐倉ゆみの物語と並行して描かれます。「最終日にホテルに泊まり老夫婦を追いかける由美」「宣伝マンと出会い一夜を過ごすゆみ」「ホテルに宿泊してスリに会い知見が広がる由美」という3つの時間軸で話が進みます。
佐倉由美は最初に登場する人物であり、この作品のテーマを最も表しているように感じました。善意や悪意とどのように向き合うべきなのかを、他の登場人物との掛け合いの中で考えさせくれる主役のような存在でした。
お店のお金を持ち逃げし、失うものがなくなった無敵の人として登場する三木本貴志は「佐倉由美の財布を盗みだした日」「最終日のセレモニーに参加した時」という2つの時間軸で話が進みます。ただ、セレモニーの時点ではネタばらしが済んでいるため、スリとして佐倉由美の財布を盗んだ話がメインとなります。
スリを働いた後に偶然が重なって佐倉由美と再開するものの、由美の優しさで見逃され改心していくことになります。ダメな人から良い人に変わっていくテンプレのようなケースを見ている印象でした。
新人作家の高見光彦は「ヴィクトリアン・ホテルで行われた新人賞を受賞した日」「佐倉ゆみが宣伝マンと出会った夜」「最終日のセレモニーに参加した時」という3つの時間軸で登場します。文章として最も違和感なく登場し、上手くかき分けられていた印象です。
自身に向けられる悪意や敵意に対して、どのように向き合うべきかを問うような存在です。
森沢拓一郎は優秀な宣伝マンで「最後の一夜で佐倉由美と会う」「佐倉ゆみと出会った日」「心中を考えていた夫婦と出会った日」という3つの時間軸で話が進みます。
前半では女性関係が派手な印象を強く持ちますが、後半にかけて印象が大きく変わっていくため、人には様々な面があり安易に良い人悪い人の判断を付けてはいけないことを気づかせてくれます。
夫と弁当やを営む林志津子は「夫婦で心中を決め最後の思い出を作りに来た日」「最後の一夜」という2つの時間軸で話が進みます。心中については、夫が親友の借金の保証人になり、親友が夜逃げして返済できずに心中を決める。その後、自己破産という選択肢を知って思いとどまるという、よくある話が続きます。
そのため、作品の中で最も違和感を覚える登場人物であり、時間軸のズレに気づくきっかけとなります。借金を背負った後に宣伝マンと出会い心中を思いとどまる話や、定年してから訪れたホテルで思い出に耽っていたところ佐倉由美が心中と勘違いしてしまう話にも絡むため、この作品のテーマやギミックを成り立たせる役割を担っていたと思います。
ヴィクトリアン・ホテルのあらすじと感想
それでは、僕なりの感想と評価を整理していきます
・感想としてはもう少しスッキリしたかったという印象
・おすすめ度は星3つ★★★☆☆
感想としてはもう少しスッキリしたかったという印象
前提知識として叙述トリックというものがなかったからという点も大きいですが、読み進めている時の違和感が強くなかなか作品に入り込むことができませんでした。そのせいで、悪くはなかったという中途半端な印象に加え、ネタばらし後のスッキリ感もありませんでした。
ヴィクトリアン・ホテルという世界観に入り込めなかったのがきつい
本を読むときは頭の中でその場面を想像しながら進めると思いますが、ギャップを感じるシーンが多く思うようにヴィクトリアンホテルを頭の中に描くことができず、没頭できませんでした。
物語のスタートを僕のイメージや感想とともにかいつまんで話していくと次のようになります。
①.5月に緊急事態宣言が明け、徐々にコロナ渦から日常に戻りつつある10月のある日。改築前のヴィクトリアン・ホテルに宿泊できる最後の夜に、女優の佐倉由美がチェックインのために列に並ぶ。前に並ぶ夫婦の女性(林志津子)が転びそうになったため、佐倉由美は急いで手を差し伸べて助ける。
この時点では、これからどのように絡んでいくのか期待を膨らませていきました。
②.ヴィクトリアン・ホテルにある大会場で新人賞の式典が開かれる。派手に飾り付けされた会場に溢れんばかりの人が集まり、受賞した高見光彦が手に汗握り緊張している。
緊急事態宣言が明けたといってもそんなイベントを開く出版社があるか疑問に思いつつ、コロナ終盤ならあり得るかもしれないと納得させていました。
③.バーラウンジで女優の卵と飲んでいる森沢卓一郎。森沢はやり手の宣伝マンであり責任者やそれに近しいポジションとして自社商品がメインスポンサーとなっている番組をいくつも持っていたため、テレビ局とのコネクションが強くタレントの決定にも口を出せる状況にいた。そんな森沢に対して、女優の卵は枕営業をかけようとしており森沢も分かった上で楽しんでいる。
今の時代にそんなことがあるか疑問を持ちながら読んでいました。もちろん全くない話ではないと思いますが、森沢の女性の扱いを見ていると炎上リスクが極めて高く感じ、現実味がないように思えました。頭の中で描いていたイメージもバブル期に近いものがあり時代錯誤な気がしていました。(叙述トリックに気づいたわけではありません)
④.自身の部屋に入った夫婦は落ち着かない様子で、妻(林志津子)は言葉を選びながら夫と会話をしている。紅茶を飲みながら、夕食をどこで食べるか(ホテル内には美味しいレストランが複数ある)、お風呂に入るかなどの会話をしている。
チェックインをしている夫婦は妻の動きや夫の受け答えから老夫婦のイメージがあったため「別の若い夫婦の話か?」とハテナを浮かべながら読み進めていました。
最初の40ページくらいの内容がこんな感じで、違和感を覚える部分が多く作品にのめり込むことができませんでした。
違和感を覆すほどの展開がなかった
終わってみれば叙述トリックであり、時間軸がバラバラであったため抱いた違和感はおかしくなく、むしろ狙ったものだと分かりました。
ただ、作品に入り込めないことで感じていたフラストレーションを覆すような展開はなく、ただただ普通のネタばらしのような印象で「このレベルであればもう少し違和感を減らしてほしかった」と思ってしまいました。
おそらく叙述トリックという前提知識があれば、かなり早い段階で時間軸をズラしている(最後の一夜の話のように見えて、まったく違う日の夜を繋ぎ合わせている)ということに気づくと思います。
そうなると物語の締めくくりがすごく大事になると思いますが、そこが想像の枠を超えなかったことが非常に残念に感じました。
おすすめ度は星3つ★★★☆☆
改めて作品のおすすめ度を整理すると星3つです。
「叙述トリックが素晴らしい作品」という前提知識があれば早い段階で時間軸のズレに気づき、こういう表現で分かりにくくor気づけるようにしているのかという発見があり楽しめると思います。
一方で、時間軸がズレているという結論に至るのが遅くなってしまうと、時代や価値観が合わない点や登場人物の年齢イメージがバラバラになってしまう点、キャラクターの心理変化が分からない点(情緒不安定に見える)などから、読み進めるのが辛くなってしまうと思います。
僕は気づくのが遅かったため「最後までいけばスッキリできる」という期待感を持って読み進めることになり、いまいちハマることはありませんでした。
ヴィクトリアン・ホテルのあらすじの統括
長い歴史を持つ高級ホテル「ヴィクトリアン・ホテル」が改築することになり、ホテルに思い入れのある5人の男女が最後の一夜を過ごしに宿泊する物語です。
それぞれの思い出を追体験するような感覚で、一緒に最後の夜を楽しむことができる作品となっています。
叙述トリックやミステリーが好きな方は、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか?